
親が亡くなったとき、相続する財産がプラスよりもマイナスの方が多い場合には「相続放棄」という選択肢があります。借金や不要な不動産を引き継ぎたくないと考える方にとって、相続放棄は有効な手段です。
しかし、実際に「借地に建っていた親の古い家を相続放棄したのに、地主から『解体費用を負担してください』と言われた」という相談は少なくありません。
今回は、このようなケースで本当に解体費用を請求されるのか、相続放棄の効果や地主との関係について分かりやすく解説します。
相続放棄の基本ルール
相続放棄をすると、はじめから相続人でなかったことになります(民法939条)。
つまり、相続放棄をした人は、亡くなった方のプラスの財産もマイナスの財産も一切承継しないことになります。
したがって、相続放棄が家庭裁判所に受理されれば、原則として「親の家」や「借地権」も相続しませんし、家を壊す義務も負わないはずです。
それでも解体費用を請求されるケースとは?
それでは、なぜ「解体費用を負担してください」と言われることがあるのでしょうか。考えられる要因は以下のとおりです。
1. 相続放棄をしていない相続人がいる場合
相続放棄をしたのは自分だけで、他の相続人(兄弟姉妹など)が相続している場合、その相続人が地主と協議し、建物の解体義務を負うことがあります。地主から見れば「相続人の誰かに対応してほしい」という立場です。
2. 相続放棄の手続きが完了していない場合
相続放棄は、家庭裁判所に申述し、受理されなければ効力がありません。口頭で「相続放棄したつもり」と言っても意味はなく、手続きをしていなければ相続人のままなので解体費用の請求を受ける可能性があります。
3. 地主からの「原状回復義務」の主張
借地契約では、契約終了時に「借地を更地にして返す」原状回復義務が定められているのが一般的です。
ただし、この義務を負うのはあくまで契約当事者(=亡くなった親や、その相続人)です。相続放棄をしていれば契約関係も引き継ぎませんので、原則として義務はありません。
相続放棄していれば本当に責任はない?
結論から言えば、相続放棄をしていれば、建物の解体費用を負担する義務はありません。
なぜなら、
- 相続放棄をすると「最初から相続人でなかった」扱いになる
- 契約上の義務(原状回復義務)も引き継がない
からです。
したがって、地主から解体費用を請求されても「私は相続放棄をしているので、対応できません」と伝えることができます。
注意すべき点
ただし、相続放棄をしたからといって完全に安心というわけではありません。次の点には注意が必要です。
1. 解体されないままの家の管理責任
相続放棄をしても、放棄するまでの間に管理していた場合の責任が問われることがあります。
たとえば、空き家が倒壊して通行人に被害を与えたようなケースでは、相続放棄の前に十分な管理をしていなかったとして損害賠償を求められる可能性があります。
2. 相続人不存在と「相続財産清算人」制度
相続人が全員相続放棄をした場合、相続人が存在しない状態となります。このとき、令和5年の民法改正以降は、家庭裁判所が「相続財産清算人(旧・相続財産管理人)」を選任し、建物や借地の処理を行うことになります。
地主はこの制度を利用して裁判所に申立てを行い、土地を取り戻すことができます。
※改正前は「相続財産管理人」と呼ばれていましたが、現在は「保存を担う相続財産管理人」と「清算を担う相続財産清算人」に分かれています。本記事の場面では「相続財産清算人」が関わることになります。
3. 地主との交渉
地主から見れば「土地を返してほしいのに、古い建物が残っている」状況は困ります。相続放棄したことを伝えるだけでなく、家庭裁判所の制度を案内し、協力的に進める姿勢を見せることが円満解決につながります。
実際に請求されたときの対応方法
もし地主から「解体費用を負担してください」と請求された場合は、次のように対応しましょう。
- 相続放棄を証明する書類を提示する
家庭裁判所の「相続放棄申述受理通知書」を見せれば、相続人ではないことを説明できます。 - 他の相続人の有無を確認する
自分以外に相続人がいれば、その人が地主と対応することになります。 - 相続人がいない場合は「相続財産清算人」制度を案内する
地主は家庭裁判所に申立てを行い、清算人を通じて建物を処理することができます。 - 感情的にならず、法的根拠を説明する
「相続放棄をしているので、契約関係を承継していない」という冷静な説明が大切です。
まとめ
- 相続放棄をすれば、借地に建っている親の家の解体費用を負担する義務はありません。
- 令和5年改正民法により、清算のために選任されるのは「相続財産清算人(旧・相続財産管理人)」です。
- 地主から請求を受けたときは、相続放棄の証明書を提示し、必要に応じて「相続財産清算人」制度を案内しましょう。
相続放棄をしても、周囲の人には法律の仕組みが分かりにくいため、誤解やトラブルが生じやすいテーマです。万が一トラブルになった場合には、専門家に早めに相談することをおすすめします。